
世界中でCOVID-19(新型コロナ)が猛威を奮う中、治療薬やワクチンの開発がこれまでにないスピードで進められています。これからもこうした事態は繰り返し起きることが予測されています。製薬企業に迅速な創薬が求められる一方で、新薬の開発には長い時間と莫大な投資という高い壁が立ちはだかっています。
そんな状況の中で、この課題をITの力で解決するための新たな挑戦として、AIによる創薬支援が始まっています。ITによる技術革新は、ヘルスケアの分野にどんな変化をもたらすのでしょうか。
これからも高まる新薬の社会的ニーズ
ダッソー・システムズでは、2020年2月に「3DEXPERIENCE from Things to Life」を発表しました。弊社が得意とするバーチャル技術をヘルスケア領域に適用しています。自動車、建築、航空などの産業分野で活用が進んでいるバーチャル・ツイン・エクスペリエンスを、医薬品、医療機器、個別化医療などのライフサイエンス分野でも提供していきます。その一つとして位置付けられているのが「AI創薬」です。
画期的な新薬が開発できれば莫大な利益がもたらされますが、新薬の開発には長い時間と膨大な費用がかかります。ビジネス的に考えれば、利益が得られる領域にシフトするのは当然のことなのかもしれません。しかし、そうした中で指摘されてきたのが、人畜共通感染症やアフリカの風土病などの「Neglected tropical diseases(顧みられない病気)」の問題です。
顧みられない熱帯病による死者は世界で年間約100万人に上り、マラリアによる死者は88万人。HIV感染によって死亡する子供たちは年間25万人以上もいます。しかし、こうした病気の感染は特定の地域に限定され、罹患する人々の多くが貧困層であるため見過ごされがちです。
DNDi(Drugs for Neglected Diseases initiative:顧みられない病気の新薬開発イニシアティブ)のように、顧みられない病気の治療法や治療薬の開発に取り組む活動は行われていますが、2000年から2011年に承認された新薬やワクチンのうち、顧みられない病気のためのものは、わずか4%に過ぎませんでした。
しかし、今、こうした状況に対して見直しの機運が高まっています。製薬会社の主な使命は、病気の存在がわかっていても適切な治療法や治療薬がないUnmet Medical Needsを満たすことです。今回の新型コロナはUnmet Medical Needsであるのと、人畜共通感染症という点でNeglected tropical diseasesの側面も持っています。そのため、今後は顧みられない病気に対する理解も高まっていく、という変化が予測されます。
その際に、最も問題になるのが10年以上かかると言われる新薬の開発にかかる年月の長さです。AI創薬を活用すれば、この開発期間を短縮できる可能性があるといわれています。
製薬企業にのしかかる新薬開発の負担
開発期間10年以上、開発費用に数百億円から1千億円とも言われる新薬の開発は、製薬会社にとって大きな負担になります。しかも、最終的に市販にまで漕ぎ着けられないリスクもあります。他の製造業であれば、どんな形であれ時間とお金をかければ、最終的にモノとして世の中に送り出すことができます。しかし、製薬はゼロもあり得る世界であり、製薬業界の特異性があります。
製薬のプロセスは、病気の原因を絞り込むシード探しに始まり、効果がありそうな物質を探索します。その後、動物などで有効性や安全性を調べる前臨床を行い、ヒトへの効果と副作用を見極めるための治験による臨床研究を経て、新薬として承認審査に向け申請します。そこで審査を通って認可が下りると、やっと上市することができるのです。
当然、ステップごとに様々な障壁があります。探索のスクリーニングの段階で物質が見つからないこともありますし、見つかっても化合物の毒性を取り除くことができないことや治験段階で副作用が出てしまうこともあります。また大規模な臨床試験で、統計学的有意差が出ない(効き目がない)ことも多々あります。新薬の開発ではドロップアウトせざる得ないタイミングが沢山あるのです。
例えば、探索から前臨床までに7年、治験に7年、承認申請から製造・販売開始までに2年かかる場合では、新薬が上市できるまでに16年もの歳月がかかることになります。その間、人件費などの開発費用がかさんでいきます。結果としてドロップアウトすることになれば、その損失は計り知れないのですが、医薬品開発から市販に至るまでの成功確率は2.5万分の1以下と言われるほど低いのです。
さらに特許期間の問題もあります。一般的に特許の期間は20年間ですが、医療用医薬品に限って「治験期間」や「承認審査期間」を上乗せできるため、最長25年間とされています。しかし、その間に膨大な投資を回収すると共に、次の新薬を開発しておかなければ、特許切れになると同時に経営が大きく傾く「特許の崖(パテントクリフ)」に直面することになります。
特にジェネリック医薬品の割合が高い米国市場では「特許の崖」に悩まされるケースは多いのです。この崖を超えるには、開発費用を抑え、市販期間をできるだけ長く確保することが不可欠。新薬の開発期間の短縮は製薬企業の経営課題の解決にもつながります。
AIを活用して探索研究の期間を短縮
新薬の開発期間を短縮するためには、どんなアプローチが考えられるのでしょうか。探索研究以外は短縮しようとしても限界があります。探索研究、具体的にはスクリーニングとリード最適化の期間にAIを使って短縮するのが最も合理的な方法です。
スクリーニングとは、1,000万個から10億個と言われる化合物の中から、新薬の素となるリード化合物を見つけ出すこと。また、リード最適化とはスクリーニングで見出したリード化合物を効果や安全性など多面的に評価して最適な化合物の組み合わせを絞り込んでいくことです。
効果や安全性など様々な評価項目に着目して、最適な組み合わせを追求する作業は膨大な時間がかかりますし、人間が網羅的にカバーすることは困難です。そこにAIを活用するのがAI創薬です。最初の段階で安全性や毒性を評価しておくことは、その後のドロップアウトのリスクを下げることにもつながります。
膨大なパターンの中から最適な組み合わせを求めるのは、確かにAIの得意分野です。囲碁のトッププロ棋士にAIが勝利した事実からも証明済で、当然これまでにもそうした試みがあったことは容易に想像がつくでしょう。
確かにこれまでもITは利用されてきました。バーチャルでモノをデザインしてリアルで試験するという流れです。当社もモデリングやシミュレーションを行う『BIOVIA Discovery Studio』、データ分析のための『BIOVIA Pipeline Pilot』などの専用ツールを提供してきました。しかし、専門家しか使えないことが課題でした。
この課題を解決するために、ダッソー・システムズが開発したAI創薬ツールが「Generative Therapeutics Design(GTD)」です。これまでのようにバーチャルを担当する計算科学者とデータのやりとりをすることなく、リアルの合成を担当するケミストが直接使うことができます。ケミストのアイデアが直接反映されたデザインでリアルな試験を行い、結果を分析して再びバーチャルで試験を実施するというサイクルをスムーズに回すことが可能になります。
創薬全体を支えるプラットフォーム
GTDはリード最適化に特化して新薬の開発期間を短縮し、ドロップアウトのリスクを低減するツールだが、冒頭に触れた「3DEXPERIENCE from Things to Life」という大きな戦略に基づくパーツの一つとして提供しています。単一の製品としてだけ見ていると、本当の価値を見逃すことにもなりかねません。
これまで創薬支援のITツールはピンポイントで提供されてきました。ダッソー・システムズはGTDの前後にも製品をラインナップして、研究から臨床開発・申請・製造までの一連のフローに対して一つのプラットフォーム上で提供していきます。狙いはIT面での壁をなくすことです。
創薬というプロセス全体を一つのプラットフォーム上で支えることで、それぞれの期間を少しでも短縮していくだけでなく、リスクを抑えたモデルや正確なデータが全体を通して継承できるようになります。結果として、より研究に集中できる環境が実現され、開発期間の大幅な短縮につながります。
創薬のための膨大な開発費用と経済的なリスクを背負い、特許の崖とも向き合う製薬企業にとって、ダッソー・システムズのプラットフォームは大きな支えとなるでしょう。それが製薬企業に余力をもたらし、新しい感染症に対応できる可能性があるNeglected tropical diseasesの治療薬を開発することにつながっていくことを期待しています。
ダッソー・システムズのGTD(Generative Therapeutics Design)にご興味のある方は、以下サイトもご参照ください。
ダッソー・システムズ株式会社 BIOVIA事業部 マーケティング