
医学的発見や科学的発見は、何世紀にもわたって、研究者が実際に何を見ることができるかに左右されてきました。しかし高度な計算能力と没入型のバーチャリティにより、現在の研究者は、鼓動するヒトの心臓を心腔内から見たり、今まで観察されたことのない生物学的過程でどのように細胞が作られ、その性質が生まれてくるかを知ったりするツールを手にしています。
没入型バーチャリティ(iV)が成功を収めている多くの分野のうち、科学と医学の世界で最も革新的な仕事がいくつか成されようとしています。
たとえば医療分野では、措置手順の速さ、精度、安全性によって生死が分かれる場合があります。仮想現実(VR)と拡張現実(AR)によって、医師はリスクを冒すことなく、仮想の患者に対して困難な手術の計画を練り、練習できる手段を手にすることになります。CTスキャンやMRIのようなデジタル診断を、特定の患者の生理学モデルを表したカスタムVRモデルに変換することさえ可能です。
HTCViveがSurgicalTheaterアプリケーションを作り出したときには、ちょうどそのような応用に取り組んでいました。
HTCViveのB2Bバーチャル・リアリティ部門バイス・プレジデントであるHervéFontaine氏は次のように述べています。「当初対象としていたのは、手術する空間が非常に限られている子供の脳腫瘍でした。SurgicalTheaterは実際より大きなVR環境を生成することができるので、外科医は実際にその環境に入り込み、あらゆる角度から腫瘍を見て、そこに近づく最適な方法を計画することができます。これによって、成功率がはっきりと高まりました」
外科訓練もVRの恩恵を受けています。
“YOU WOULDN’T EXPERIMENT WITH IMPLANTING DIFFERENT VERSIONS OF A MEDICAL DEVICE INTO AN ACTUAL PATIENT, BUT YOU CAN TEST DIFFERENT IMPLANTS IN A VIRTUAL MODEL OF A PATIENT’S ANATOMY TO EVALUATE THE BEST OPTION.”
ANDREW NARRACOTT
LECTURER IN MEDICAL PHYSICS, INSIGNEO INSTITUTE FOR IN SILICO MEDICINE, UNIVERSITY OF SHEFFIELD
コンピュータ・グラフィックス分野のリーダー企業であるNVIDIA社でプロフェッショ
ナル向けVRを担当するディレクター、David Weinstein氏は次のように述べています。「訓練環境は極めて精確でなければなりません。患者のデジタルモデルは、物理学的視点から見て、本物の患者が示すであろう反応を示す必要があります。たとえば外科用メスを身体に押しつけるときのように、物体が近づいたことを認識し、メスが身体に触れたときの反応を示す複雑な物体追跡アルゴリズムを使うと共に、当社は音声と映像の両方で触覚をサポートするためのライブラリーを開発しています」
VRでの正確な生理学の再現
PeteJohnson氏は、zSpace社で戦略的ビジネス開発担当のバイス・プレジデントを務めています。同社は、3Dの医学的モデルをVRで表示および操作するためにカスタマイズされたワークステーションを製造しています。
「たとえば『LivingHeart』というプロジェクトでは、ダッソー・システムズや世界各地の多数の科学専門家と協力して、体内で鼓動している心臓の正確なモデルを観察し、心臓が実際にどう機能しているかを見られるようにしました。それは、解剖用の献体の中では行えません。そのモデルには十分な機械力学と流体力学が組み込まれているので、患者への指示書から術前計画、医学研究に至るまで、あらゆることに使用できます」とJohnson氏は説明します。
他に類を見ない設計のzSpace社ワークステーションによって、科学や医学では重要なメリットであるユーザー間の相互作用が促進され、実現されているとJohnson氏は述べています。「ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着した人は、孤立した状態になります。他の人たちと相互に影響し合えてはいないのです。当社のモデルは、教室の学生であるか、研究室にいる研究者であるかを問わず、ユーザー間で高度なコラボレーションができるような科学用の『作業台』として機能します」
生理学的観点からみた仮想人体
英国シェフィールド大学のInsigneoInstituteforinsilicoMedicineの研究者たちは、EUが資金を提供したVirtualPhysiologicalHuman(VPH)というプロジェクトの一環として、人体の基本的システムを3Dモデルにする開発作業に貢献しています。
シェフィールド大学で医学物理学の講師を務めるAndrewNarracott氏は次のように述べています。「VPHのビジョンでは、複雑な研究課題に対応するために個々に使用することも一緒に使用することもできる、人体のシミュレーション技術と仮想の人体モデルを開発する必要があります。その目的は、たとえば、心臓血管系、筋肉組織、視力、消化力に関する疾患の治療法を改善することです。医師が日常の診療で利用できるように、これらの領域での知見を臨床状況に移し変えることに大きな力を注いでいます」
手術の場合と同様に、「実世界で試すにはリスクが大きい措置もあります。そこで、多くの異なるシナリオをシミュレーションで試してみる機能には大きなメリットがあります」とNarracott氏は語ります。「たとえば、実際の患者に異なるバージョンの医療デバイスを埋め込む実験は行えませんが、患者の解剖学的構造を表わす仮想モデル上であれば、さまざまなインプラント(埋め込み機器)をテストし、最適な選択肢を評価することができます。もちろん画面上でテストを行うことも可能ですが、VRでは全く新しい方法で、これらのシミュレーションの結果を操作することができます」
もう一人のシェフィールド大学医学物理学講師であるJohnW.Fenner氏は、VRによって、特定の患者の治療で協力している医師間のコミュニケーションが改善される可能性もあると述べています。
「多くの医療にはコミュニケーションが伴います。外科医が外科的処置を取り入れるために放射線専門医と相談したり、医師が患者に、これから受ける治療を説明したりします。VRではこうした情報が、言葉や図解、あるいはビデオよりも理解しやすい方法で伝わります」とFenner氏は解説します。
VRでの細胞の秘密の発見
医学研究者がVRの診療シナリオへの適用に取り組んでいるのに対して、理論を構築する科学者は、生理学的特徴がどのように実在の生物を成り立たせているかという最も基本的な原理を理解するために、このテクノロジーを利用しています。
ダッソー・システムズのソフトウェア、BIOVIAのマネージング・ディレクターを務めるRezaSadeghiは、次のように述べています。「細胞について言えば、細胞が何をしているかについては研究者全員が同意することも可能ですが、それをどのように行っているかについての意見は様々で致せず、大部分は謎のままです。細胞の内側にカメラを入れることはできませんが、シミュレーションを作成するには十分なほど理解しています。そして、方程式をエクスペリエンスに変換するアルゴリズムの開発に十分な計算能力も手にしています」
Sadeghiは、VRと高度なコンピューティングが相まって、科学研究での解決方法が変わるだろうと予測しています。
「何が起きているか、実際に見ることができれば、その現象を理解しやすくなります。シミュレーションは、その場にいることとまったく同じではありませんが、それに近いものです。
真のコラボレーションが実現される環境で、あらゆる専門分野を1つにまとめるプラットフォームを利用できるようになった今、、心が躍るような新しい方法を通じて科学における新発見がなされるでしょう」とSadeghi氏は解説します。◆
著者: Joseph Knoop