
プロフィール
Jason Jerald氏はNextGen Interactions社の共同創業者で主任コンサルタントです。VRテクノロジーに注力する複数の企業の諮問委員会に参画し、デューク大学やウォーターフォード工科大学の非常勤講師も務めています。同氏は過去20年で30を超える組織の60以上のVRプロジェクトに携わってきました。また最も知られている著作、『The VR Book: Human-Centered Design for Virtual Reality』をはじめとして、多数の出版物を執筆しています。
熱過去50年間、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)、複合現実(MR)など総称的に没入型バーチャリティ(iV)と呼ばれる技術を使用するのは、主に学究機関や企業の研究開発部門、軍事研究所に限られていました。しかし今やこれらが消費者にも手の出せる価格で利用できるようになってきました。シリコンバレーでiV、モビリティ、ゲーミング業界の合併・買収を専門に活動するコンサルティング企業Digi-Capital社の2016年の予測によると、このような変化を背景としてiVの市場規模は2020年までに1,200億ドルに達する見込みです。
iVはエンターテイメント分野でも力を発揮しつつありますが、多くの人はまだそれを観察しているだけで、ビジネス上の価値を完全には生かせていません。しかしその状況も変わろうとしています。低価格のヘッドマウントディスプレイ(HMD)の登場により、iV研究所に出入りできる一部の幸運な人々だけでなく、すべてのメンバーが、自分自身をどこにでもバーチャルで移動させたり、想像できる限りのさまざまな働き方やプロジェクトを実践したりすることができるようになるでしょう。
私たちは今、間違いなく破壊的なパラダイムシフトのスタート地点に立っています。それは没入型テクノロジーやコンピューティング全般に限らず、職場にまで及びます。没入型テクノロジーが普及すれば、職場環境も劇的に変化するでしょう。
それでは、現状はどうなのでしょう。これらの先進的なテクノロジーが、現時点でビジネスに与えるインパクトは、どの程度でしょう。
没入型テクノロジーの今――優れたコミュニケーター
没入型テクノロジーの最大のメリットは、専門家が自分の仕事に対する理解を深められるという点よりも、仕事を部外者に伝えやすくなるという点にあります。
例えば、訓練を積んだ建築家は構造物を立体的にイメージすることができるため、VRを使ってもその建築家自身に大したメリットはありません。しかし先進的なVRテクノロジーを使うことで、まだ存在しない空間や景観(例えば新たに設計した超高層ビルの最上階からの眺めなど)をクライアントに示して、自分のビジョンを明確に伝えることができます。同じように航空機の設計者は、実機のプロトタイプ(試作機)を作って顧客に中に入ってもらうのではなく、バーチャル空間の中に機体やその内部までを再現するデジタルモデルを構築し、顧客に体験してもらうことで、早い段階で座席間隔に関するフィードバックを得ることができます。
実際に試すことの力
消費者向けに登場したVRやARのHMDには限界があります。例えば、大半のHMDは、まだハンドトラッキング(手や指の動きを感知・反映する技術)に対応していません。つまり両手がない状態で目覚めたような感じで、視覚と聴覚に頼って世界を認識しなければなりません。
手の動きを通してクオリティの高い情報を取り込む技術が普及すれば――すでにHTC社が「Vive」で導入し、競合企業もそのすぐ後に続いていますが――没入型テクノロジーのビジネス上の価値は飛躍的に高まるはずです。生き生きとした世界を受動的に見るだけでなく、ユーザーの方から手を伸ばして、現実世界と同じように複雑かつ直感的な方法でデータを処理できるようになるでしょう。幸いユーザーはその価値を理解し始めており、よりインタラクティブなエクスペリエンスの実現をハードウェアの生産者や開発者に求めています。
「私たちは今、間違いなく破壊的なパラダイムシフトのスタート地点に立っています。それは没入型テクノロジーやコンピューティングに限らず、職場にも及びます」
JASON JERALD氏
『THE VR BOOK: HUMAN-CENTERED DESIGN FOR VIRTUAL REALITY』の著者
アプリケーション設計―― 万能モデルは存在しない
没入型テクノロジーがヘッドセットのその先へと進化するにつれて、アプリケーション設計の重要性がいっそう高まっています。
没入型バーチャリティにハード面の縛りはほとんどありませんが、あまりにも選択肢が多いため、優れたエクスペリエンスの設計が難しくなっています。テクノロジーが進歩するにつれて、こうした状況はさらに進むでしょう。そのため、クライアントはよく「当社が最高の没入型エクスペリエンスを設計するにはどうしたらよいか」と尋ねますが、「状況によります」としか答えられません。基本的なエクスペリエンスを超える領域で没入型の設計をする場合、その結果は個別の状況や目的に大きく左右されます。
明確な答えがない場合が多いにせよ、iVコミュニティは以前から、検討、実験、反復の出発点になるような研究結果や数多くの優れた設計のアプリケーションを発表してきました。例えばおもちゃのマシンを組み立てるNorthwayGames社の「ファンタスティック・コントラプション」、3Dで描画するグーグル社の「チルトブラシ」、両手を使って模型を作るSixense社の「メイクVR」などです。
これらの例が自社の事業目的に直接当てはまることはないかもしれませんが、貴重なヒントを与えてくれます。没入感とは理屈抜きのエクスペリエンスであり、言葉だけでは――あるいは写真や動画を使ったとしても――表現したり計画したりすることができないものです。実際にその世界に飛び込んでみて初めて、そのテクノロジーを具体的なビジネスやアプリケーションに適用させる方法が見えてくるのです。ですからビデオゲームで遊び、見本市でiVの展示品を試し、これらのテクノロジーをすでに体験している人にパートナーになってもらい、自社の顧客にメリットをもたらす活用方法についてブレインストーミングをするしかないのです。
未来を操作する
現実の世界と同様に、仮想世界もアクティブに体験することでよりいっそう力を発揮します。そうでなければスポーツ観戦と同じです。次世代の高度な入力技術と優れたアプリケーション設計を組み合わせることで、私たちは自らの創作物を観察するだけでなく、それらに触れて操作することができるようになるでしょう。それが未来の姿です。◆